【雑記からの】えっ、なんで私が生き抜いた!?~生きづらさと生き抜ける理由は紙一重~【本の話】

【雑記からの】えっ、なんで私が生き抜いた!?~生きづらさと生き抜ける理由は紙一重~【本の話】

古本屋で再会した、1冊の本。

子どものころ読んだ本を、大人になって読み直すと、何か違う発見があるだろうか?

と、読んだのがこちら。

大平光代「だから、あなたも生き抜いて」

壮絶ないじめから割腹自殺をはかり、極道の妻になり・・・
「道を踏み外し」たものの、中卒で弁護士に合格したという、壮絶な著者の半生。

大人になって読み返すと、世間体を気にする著者の親に、すごくモヤモヤした・・・。

とはいえ、親もまた一人の人間なんだけど。

それでも、ちょっとね。

(しかし最後はそれも含めて、良い読後感でした。)


いじめを心配する母へ、強気発言

で、いじめの話から思い出したネタ。

先日、実家に帰ったときにふと、母から。

「あなたが転校したてのころかなぁ~。
テレビで、いじめによる自殺が報道されていてさ。

『どんなにつらいことがあっても、あなたは死なないでね』って言ったら。

『大丈夫!私をいじめたやつ、全員棺桶に入るのを見届けるまでは、絶対に死んでたまるか!』

って意気揚々と言っていて、感心したわ。」と。

え、あんまり覚えてないやあんまり。

というか、全然覚えていないぞ全然。

まぁ、言いかねないなぁ私なら。


「さらにね…。

『大丈夫、お母さん、そいつらを我が手で殺めたり、犯罪になることはしないから!

そんなやつごときで犯罪者になり、私の人生が台無しになったらたまらないから』」

とかなんとか、豪語していたらしい。

うっわ・・・超、言いそう。

あぁ、ヒューマニズムを度外視した、自分本位ゆえの合理主義が、実に私らしい。

たぶんこの頃、転校して、なじめなくてつらかったから、自分に言い聞かせていたんだろうなあ。

覚えていたのは「前の学校に戻りたい」を言ったら負けだ、と、義務教育のあいだにそれを貫いていたこと。

(何に負け…自分にだよ!)

なにも、親を心配させたくないという殊勝な心がけでもなく。

「嫌なやつに、自分の人生を阻害されるのが嫌。
なんで私が不登校にならなあかんのだ。

ていうか家も嫌だから、消去法で学校に行こう」という気持ちのみで、動いていた・・・。

(※父方の祖父母と同居。控えめに言って、祖父が苦手だったので、家のほうが地獄だった。)

強烈な自我ゆえに生きづらく、強烈な自我ゆえに、生き抜いてしまったという皮肉。

※けして、不登校は心が弱い、とか甘え、なんて言うつもりはない。
つらさは本人にしかわからないので。

 

血は争えない…。

なお、そのやりとりから連想したエピソード。

母から聞いた話だが、父は時々

「自分の子どもがいじめられたら、教育委員会に訴えるなんて、生ぬるいことはしない!

弁護士を立てて、相手の親に、直接損害賠償するからな!」と、口にしていたらしい。

血は争えない。

が、自分の親ながら、実に頼もしく感じたのも、事実。

「自分の身は自分(の頭脳と、効果的な方法)で守る」

「私と私の大切な人を害するやつは、みんなノストラダムスを待たずに滅亡すればよい」

という価値観は、こういう生育歴なんだよ・・。

本の話。

そんな番犬マインド(?)の私が感動した本が、こちら。


中嶋博行「君を守りたい―いじめゼロを実現した公立中学校の秘密」

いじめは加害者が悪い!

「いじめは喧嘩ではなく犯罪だ」と言い切る弁護士作家の本。

学校は治外法権であり、いじめは犯罪だから、警察を介入させるべき

など、はっきりした主張で、非常に爽快だった。

性善説の人には受け入れられないかもなぁ。


ただ、たしかに大平さんの経験じゃないけれど、いじめの加害者と被害者を「仲直り」させるのは違うと思う。

 

まかり間違って、私が人の親になってしまったら。

もし、子どもがいじめられたら、よりそって泣くより、理詰めで(つまり法律=「正論」を盾に)加害者親子に乗り込みそうな気がする。

恋愛でも出してしまう正論ビーム。

人の親になっても、きっと正論ビームで、容赦なく相手の親子を追い詰めそうだ…。

でも、世間体を気にしたり、表面上「仲直り」をさせる、親にはなりたくない。

正義とは・・・・。

根本は、性悪説なんだろうなぁ・・・。私。